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イン・ザ・カット

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大学講師の女性が殺人事件をきっかけに、心の殻に封じ込めてきた感情を露にしていく様を描いたサスペンス・ドラマ。監督・脚本は「ホーリー・スモーク」のジェーン・カンピオン。原作はスザンナ・ムーアの小説で、脚本も共同で担当。製作は「めぐりあう時間たち」などの女優として知られるニコール・キッドマンほか。出演は「ニューヨークの恋人」のメグ・ライアン、「死ぬまでにしたい10のこと」のマーク・ラファロ、「ミスティック・リバー」のケヴィン・ベーコン、「ロード・トゥ・パーディション」のジェニファー・ジェイソン・リーほか。

あらすじ:ニューヨークの大学で文学講師として働く女性フラニー(メグ・ライアン)。他人と距離を保ち、言葉以外に世界との接触方法を持たない彼女にとって、唯一心を許すのが腹違いの妹ポーリーン(ジェニファー・ジェイソン・リー)だ。感情的で結婚願望の強いポーリーンは、一見フラニーと対極の性格だが、彼女もまた人をうまく愛せないでいる。

ある日、フラニーの家の近隣で猟奇的な殺人事件が勃発。犯人らしき人物をフラニーが偶然目撃したことから、刑事マロイ(マーク・ラファロ)が聞き込み調査に訪れる。しかしフラニーの記憶に残っていたのは、犯人の顔ではなく手首に彫られたタトゥーだった。その事件をきっかけにフラニーの静かな生活に異変が起き始め、マロイとは肉体関係を持つようになる。

難航する捜査の中、同様の殺人事件が続き、ついにはポーリーンまでもが殺されてしまう。フラニーは、自分が目撃したものと同じタトゥーを彫っているマロイが犯人だと思い込む。しかし真犯人は、やはり同じタトゥーを持つマロイの相棒、リチャード(ニック・デミッチ)だった。彼に襲われたフラニーはリチャードを射殺し、マロイのもとへと戻るのだった。(作品資料より)

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<感想>ジェーン・カンピオンの作品にしては残酷な描写が多い。それに昔ラブコメで一世を風靡したメグ・ライアンが、脱いだ!・・・ってことも忘れそうになる濃密さ!。

容赦なくサディスティックな女の姿をむき出しにする。見る者は心がザクザクと傷つけられ、決して無傷ではいられない感じがする。確かにオスカーを取った「ピアノ・レッスン」でも、口のきけない写真花嫁の鬱屈した性欲を、ピアノに代弁させたカンピオン監督は、セックスを覆う男女関係のロマンティシズムを破壊して来たと思う。ですが、この作品で、恋愛幻想劇の息の根を完全にシャットアウトしたのだと思います。

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その作品の主人公が、かつてのロマコメ女王だったメグ・ライアンとは。彼女の裸は痩せていて貧弱で、なんで彼女を使ったのか分からない。観ていて余りに見るに堪えない体なので、マイナスイメージの方が強いです。

普通だったら、こういう役は引き受けないであろうに。がっかりなイメージですね。

メグが演じるのは大学講師のフラニー。彼女は、研究のために黒人の生徒から、バーでスラングの聞き書きをしている。ふとトイレに立った彼女は、引き寄せられるように地下への階段を降り、暗がりで男と女がセックスしている姿を目撃する。その普通じゃない淫乱な光景が、フラニーの人生を変貌させていく。全編を支配しているのは、血なまぐさい暴力と暗い性の濃厚な匂い。いや、フラニーと刑事マロイは殺人事件をきっかけに出会い、愛を語らずに強姦や死体について話し合うのだ。

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マロイに誘われたバーでは、彼とその同僚が精神的同性愛のムードを漂わせ、フラニーを退けものにしているような危険さえ感じさせる。フラニーと腹違いの妹の触れあいも、姉妹というより親愛の情を超え、妙に生々しく、まるでレズビアンのように見えました。

フラニーを乗せたマロイの車が進入禁止の場所に突入し、拳銃で戯れる場面なんかは、まるで子供のように見えた。二人の間にあるのは、出会ったばかりの男女の緊張感とは違い、不気味で危険なエロティックな感覚であり、物語はそれを中心に展開していく。

サスペンスの枠を借りた筋書きだが、性というものの本質的な不気味さを暴くカンピオンの熾烈な演出には、しばしジャンルを飛び越え、スプラッタ映画さながらのラストシーンには仰天ですからね。まるで比べ物にはなりませんが、園子温監督作品「恋の罪」のような性描写の部分が多くて、ちょっと引いてしまい、私には苦手な映画でした。




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by yukikokoronn | 2017-12-10 22:51 | 2017年DVD鑑賞 | Trackback